ギャラリー・トーク

このサイトは画家・前島隆宇の「絵画の世界」を通じて美術のあれこれを語りたいと思います。
語り部は敦子と申します。よろしくお願い致します。。。
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日本の救世主ケント・ギルバート氏とマラーノ氏 その2

 
   左ケント氏 右マラーノ氏
ケント氏をスポークスマンとすれば、マラーノ氏は突撃隊の隊長さんと云う所。
ケント氏もマラーノ氏も、無論米国人でありながら、日本の事情に極めて詳しい。お二人が自国の障害になる得るかも知れぬ見解をおそれも無くあからさまに表現しているのは、第1にそれがあくまでも歴史的事実(ファクト)だから、忌憚なく発言しておられると云う特質がある。そして第2に重要なのは、慰安婦等の問題も、決して個人的な見解ではなく、あくまでもGHQの調査に依って残された記録であって、同時に客観的な事実である事。我々日本人が発言すると、如何にも我田引水と批判される恐れがあるが、これらの見解がGHQの調査ならばと、そしてアメリカ人が証言しているのならばと、世界に堂々と発表出来ると云う特性がそこにはある。だからお二人の記述は日本にとって極めて信用ある応援となり得るのである。

 そこで日本のマスコミやテレビ、新聞等がGHQの占領下のマインドコントロールに未だ侵されているとケント氏の口を借りてこちらが言っても決して、ピントはずれていないと断言出来る。ケント氏の見解は、我々日本人、大いに意を高くして、世間に広く傳播して行ってもいいと思う。ケント氏は我々日本人の応援団長であり、又逆に我々は日本に於けるケント氏の応援隊であってしかるべきである。(と云うのも彼日本の反日団体から、結構叩かれているらしいから)
 最近出たケント氏の著述誌(2017年2月20日発行『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇』講談社)は現在のアジア事情と、特に彼等の間に置かれた日本の困惑を解説、語るに極めて出色の著作である。是非読んで頂きたいと思う。

マラーノ氏は、アメリカ在住の韓国人移住者の反日運動の厳しい批判者である。慰安婦像を彼等独特の大衆運動で、州のあちこちに建立しようとしているのを、歴史的に正しい認識からそれを何とか喰い止めようと反論を立ち上げて下さっている有難い存在である。又スイスの国連本部、パリのユネスコ本部等に出向いて、日本と日本人の名誉を回復する為の闘いを実践して下さっている上でも、もっと日本人は広く識り、顕彰するべきではないかと私は思っている一人である。

彼の報告に依ると、国連人権委員会はNGO(非政府組織)の主張をもとに対象国の問題点のリストを作り、謝罪や賠償等を求める勧告を出しているらしいが、此れまで参加した日本のNGOには「反日的傾向」が強い組織もある様で、国連人権委員会を利用して日本政府に圧力をかける構図が出来上がっている様だと云われている。つまり「日本人の敵は日本人」なんだと警告を出されている。それに便乗して又一部メディアが政府批判の記事を垂れ流しているとも言われている。
彼の日本人の為の世界に向けての有難い行動力は目覚ましいものだが、それを紹介するには枚数が掛かるが、それは後日別に譲るとして、今日のサンケイ系の新聞を見て、驚くべき記事を又見せられた。例の御存じ?クワラスミ女史の報告書である。これは捨て置けない前代未聞の日本の恥である。これが世界に垂れ流されている訳である。皆さんも是非彼女の名を知り、且つその報告を見て頂きたいと思う私です。

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日本の救世主二人のアメリカ人 第吃

戦争に負けて、長い間世界に対して遠慮、小さくなっていた日本を二人のアメリカ人が現在日本の救世主?になっているのを御存じですか?
 一人は御存じケント・ギルバート氏。もう一人はテキサス親父事、トニー・マラーノ評論家氏。(台湾国籍黄文雄氏も早くから救世主であり、学術的歴史著書多数有るが、アメリカ人の二人のそれはアメリカのGHQの内部文書を元にしているので、極めて興味深い)三人とも外国人であるのが味噌。その最初の始まりは、私の個人的見解で恐縮が、ケント氏の「未だGHQの洗脳に縛られている日本人」2015年6月8日PHP発行と云う著書。それは遥かにアピール力が高いです。

此の書に明かされている終戦直後の昭和20年9月にGHQが定めたと云う30項目の報道規制『日本に与うる新聞遵則』と云うものがあったと云う事実は、余り我々にはよく知らされていないと云う事でいささかショックでした。所がそれに勝るショックは、それに依って、日本のジャーナリズム、マスコミ出版等が如何に規制されていたか、束縛されていたかは改めて驚くべき更なる事実ですが、占領中は仕方ないにしても、問題はその折りの禁止条項によって日本が現在独立国になって久しく、その規制が解けた筈にも関わらず、未だにそのGHQの亡霊に彼等が深く影響され、ひたっていると云う事実が、我々国民にはもっとそれ以上に尚々ショックでした。それをケントがはっきり指摘してくれています。(日本人の関野通夫氏自由社の著書が先に有るらしいが、我々には左程流通されていないきらいがあると云わねばならないでしょう)

此処にそれを全編記す訳にはいかないですが、下に表した参考ページを一見しただけでも、そのあらゆる批判規制の羅列は、ケントも冗談で茶化している様に、「見た限り禁止されなかったのは、日本政府に対する批判くらい。だから日本のマスコミは今でも政府の批判ばかりやっているのだろう」と言っています。

 私達日常テレビや新聞を見ていても、未だ自国嫌悪に陥っているか若しくは敵勢日本人でもあるのかそんな気配や違和感を時々感じるのはまさか私だけじゃないと思うのです。朝日新聞が慰安婦問題の誤ちを素直に是正したり反省しない状況もその一つでしょう。先日もTBSの天気予報のM氏が、「今日は此処に韓国のお子様がいらっしゃっています」と目を細めながらご丁寧に局の現場に集まった観衆の紹介をしているのに、何か違和感を感じました。世は正に反日の世論が半島を不当に渦巻いている苦々いい時節だったにも関わらずです。無視、或いはそれ程へつらった表現をしないでもいいのに…と思うわけです。第二部でケント氏マラーノ氏お二人のその功蹟の一端を記述しますので、よろしくお願い致します。

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ドイツ人ユルゲンさんの話 NO2

昨年の話になりますが、ユルゲンさんのコンサートの話です。
夏にお会いしてから、ユルゲンさんのビオラのコンサートがあるとの事。それも身近なレストランで。「行こう!行こう!」と云う事になりました。
 当日わざわざ上海からお出向きあり。まあ、花火見物、コンサートと云い、海を越えて、否飛んで、ビックな御趣味なんですね。その行動力に驚かされます。

 当日夜八時から。私達は正直に八時前にレストランに到着。レストランはもう奥の部屋まで満員。前の部屋の真ん中に向かい合わせの二人の席だけ空席があって、そこが私達の席らしい。つまり一等ビリに着いたと云う訳。もう時刻前からわいわいとやってたのですね。人気の程が分かろうと云うもの。背高ノッポの懐かしい?ユルゲンさんの挨拶があって、 
「注文!注文!」と言われて、メニューを渡される。よく分からないけどイタリアンパスタの店ね。それぞれパスタを注文して、サラド、ワイン、うーんと見回して、ティラミスを注文する。

 隣の席々は子供さん達がわいわい。そして若い両親たち。「生徒さん?」と私は両親達大人の方を意味して由美子さんに聞くと、「ええ、子供達の御両親たち」
と云う事は、彼女の外国語の生徒達と云うのは、つまり此の賑やかなキッズ達と云う事なのですね。成程と云う訳です。

 ユルゲンさんの演奏が始まって、此の間のリラックスした服装よりは取りすましたジャケットの彼がビオラの演奏を始めた。しかしズボンはデニム。そしてそのジーンズの192センチの長い長い脚が我々のほんの目の前で、鑑賞出来ると云う事になる。本当に細くて長い長い脚だなあと思わざるを得ない。

曲は1、ハインリッヒ・イグナツ・フランツ・フォン・ビーバー・ローゼンクランツ バイオリンソナタ「バッサカリア」
2、ヨハン・セバスチャン・バッハ 無伴奏バイオリンの為のソナタ第2番
  イ短調BWV1003 グラーベ  フーガ アンダンテ アレグロ
(1, 2共ビオラのため移調して演奏) 
 演奏としては、二つ共可なり高級、難調。大したものです。その難解さにひたりました。どんな演奏が終わっても何時も思うのは、こちとらの親しい曲が最後に一つあればと云う事。その無言の要求を、由美子さんもさっと引き取って、「アベ・マリアをやってと云うのだけど、アベマリアは今日の曲よりもずっと難しいのですって」と云う話です。 
 終わって、御勘定と云う事になって、ユルゲンさんが私達の分「いい、いい」とおっしゃる。「折角上海から遥々いらっしゃったのですもの。お払い致しますよ」と言ったら、「こっちだって、この間お御馳走になったのですから」と二人に言われて、甘んじました。
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29年の始まり

明けましておめでとうございます。と云っても早や2月ですが。
昨年は「たづくり」の前島アトリエの同人展覧会で会員の方の稀に見る個性豊かなオリジナリティは好評を浴び、嬉しいの一言でした。我田引水ではありませんが、稀に見ると云うのは、日本で絵画研究所は数多あろうとも、これ程それぞれの会員さんが個性的で、オリジナリティに富み、しかも技術的にも卓越した技術を駆使している粒揃いのお教室は無いと思います。と客観的な感想を表する事の出来る皆さんです。

又この度は前島の大作も一室を設けて展示して頂き、思わぬ返り咲きの好評を得たのは有り難い事でした。企画して下さった会員の皆様に感謝致しております。
>            前島の年賀はがき       柴田さんの展示作品


又新年となって、年賀はがき沢山有難うございました。只年々年老いた?方からの年賀が届かなくなりました。それが淋しいです。何時までもこちらは若いと云うよりは、まだまだ現役と云う信念がありますが、それも何時までで続けられるものか、全く予想出来るものではありません。でも現在がこれ総てと云う意気込みで生きがいをこなすのみです。

所で、年賀状に依る活性源として、関西に居る甥達の家族の赤ちゃんの写真が、とてもかわいらしく、極めて新鮮な活力をいただけました。長男は幼子の年児、二男は双子、誠に賑やかな活性源を視る思いですね。それをここでお見せ出来るのをお許し下さい。矢張り世代はこんなに続々と変わって来ているのですね。
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ドイツ人ユルゲンさんとの遭遇

子供の時の教え子由美子嬢がドイツ人と結婚して、調布トーク誌に載ったのは知っていたが、今度たづくり展で見に来てくれて大歓待。遊びに来てと云う事になった。近く花火大会に夫も上海から見に帰って来ると云う。じゃあ食事会をしようと。そしたらその日生憎台風で。

どうなるかと心配したが、「或いは夕方五時約束時頃は、止んでくれるかも?」と運を天に任せて台風と対峙。三時頃から雨加減衰えて来たようだ。しめた!と思った。よくも止んでくれたものだつまり天気予報よりも…と云う事。
但し六時の予定に変更はしておいた。
 
やって来た彼、凄いノッポ。後で聞いたら192センチだそう。日本人俳優阿部宏級ですね。小さい顔に、長い長い脚、痩せ身のノッポと高い鼻が特徴。多分12頭身?位かも(笑)。
どうして知り合ったか興味ある所だが、彼女、女子美大を出て、絵よりはダンスに熱中して、イギリスに行き、そこでユルゲンさんと会う。彼日本が好きで、じゃあ日本、東京に来たら会いましょうと云う事になった。
まさかと思っいたら、彼日本に来ちゃって、連絡して来た。「へえー、来るとは思わなかった」と彼女思ったけれども、会い、それから何だかんだあって結婚する事になったそうだ。グローバルだわねと私。
子供の頃アトリエに来て、クリスマスのケーキの家とか、ドイツグッズがもうもう楽しくて楽しくて、その影響なんでしょうね、ドイツに行って、七年いたそう。だからドイツ語ぺらぺら。

結構こちらの教育等が,浸透しているものですね。嬉しい限り。今はアメリカンスクール等でキッズに日本語を教えているそう。彼は香港でお仕事。コンピューターによる建築のデザイン家だそうだ。たとえば依頼主が「東京駅が気に入った。同じにやってくれ」と云うと、設計図を渡す。「そりゃ、(中国人たる者)僭越もいいとこね」と私。未だ未だ中国は各都市が未開のままなので、仕事は永久に有ると言ってましたっけ。

☆長い間ブログを休んでいましたが、私の未熟の為更新を見過ごしておりました。やっと先生に来て頂きまして、此処に公開出来る出来る事となりました。有難うございましyた。
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前島アトリエ同人展 調布市文化会館『たづくり』にて

写真は右から案内、前島の「バロンSの椅子」左は画材屋さんの飾り付け

 平成28年7月12日より〜18日まで。これまでほぼ三年毎の開催の所、市の抽選により4年目の開催となりました。
 同人の方の力作に加え、本年は前島の代表作とも云える百号を超える大作数点を一室を提供され、それが前島にとって特筆となりました。幹事の方の有り難い厚意に感謝する次第です。

前島アトリエの特徴は、一口に云って、進歩進歩のオリジナリテイ、百花繚乱の斬新の世界です。同人の方の目指す目標は?、深層世界は?、内部秘境は?どんなものか?又何処にあるのか?それが見る者の興味をさそって、極めて楽しい供覧です。
 そうした鑑賞は、滅多に他の展覧会では見られない類い稀な存在でしょう。
 
 見にいらしたお客さんの中には、「普通の絵は何処にあるのですか?」と云われた方もあったそうですが、多分その方は平凡な自然主義的な風景画等をお望みだったのでしょう。お気持ちは分からないではないですが、此処ではお角違いと云うべきでしょう。このアトリエこでは会員の皆さん、我が内層世界の深い深い神秘世界を探りながら、心理的かつビジュアル的に闘っておられるのです。誠に高度なレベル世界と云わねばなりません。
 其処を感じて欲しいし、又楽しんでいただければと思う次第です。

 前島の『バロンSの椅子』は誠に神秘的な作品ですが、ドイツの貴族の館での経験で得られたもの。私も共に訪問したのですが、私は正しく貴族的な、狩猟で射止めた剥製の鹿の頭部の羅列とか東洋的な宝物コレクションとか、当主様御夫妻の為にしつらえたテーブルセッティング等に目を奪われていて、これから住む(筈)であったシュロス(城)の夢の生活にウキウキしていただけでした。
 
 前島はギシギシ鳴る階段を踏みしめながら、シュロスの栄華に明け暮れた存亡の歴史に感じ入っていたのかも知れないですね。彼はシュロスの壁画への就職を請われていて、ベンツのお迎えを受けながら、1週間ばかり通った挙句、何故か突如、断固断って、早々に日本へ帰国と相成ったのでした。その真相は妻には不明のまま。
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健康に対する新しい対処


第一、多くの方もそうでしょうが、ダイエットを幾つかためした私。長続きしないのが自業自得とは云え、全く効果のあったためし無しでした。所が食事の前に先ず野菜サラダの習慣、そして炭水化物類は最後、これは私にてきめんに効いて、たちまち五キロも減りました。驚き。結局長年続いた小笠原流作法の壊滅ですね。
 炭水化物が最初に入ると、忽ち血糖値が上がり、血糖値と関係ない野菜類が先導する事によって、炭水化物による上昇が抑えられるらしいです。

第二、ストレッチによる諸運動も、只やみくもに行動するのではなく、脳による確認感覚が必要との事。結構なスクワット類も、惰性でやるのではなく、目指す部位に意識的な脳の集中を施して行うべきと云う説を提唱なさるお医者さんがおられます。脳にいちいち確認させる事で、やがての認知症を防ぐらしいです。
 その先生によると、MCI(軽度認識障害)や認知症を発生した人と云うのは、スクワット等の運動が無限に出来る人がいるらしいです。住まいから700キロも離れた場所で見つかったお年寄りもいるといいます。こうした事例は総て脳と感覚神経がつながっていない為に起きている現象で、体力とは関係ないそうです。

第三、先日テレビで、認知障害は脳のたんぱく質の不足から来ていると云ってましたね。その予防として、手っ取り早くは牛乳を飲むべしと。牛乳を通常飲んでいる人は、飲まない人よりは30パーセントもより健勝であるらしいです。大いに牛乳を飲みましょう。

第四、男性は一つの行為に集中力が本命で、女性は少なくとも幾つかの所作が見まわして可能と云う能力があるようです。これは多分古代の男性と女性の仕事の仕分けから長い歴史的に培われた能力だと思われますが、私はこれはいささか自分の自慢にしていたのですが、それはマルチタスクと云うらしいですね。

 子供をお守しながら掃除をこなしたり、家事をこなしたり。私はテレビを見ながらパソコンをやったりもしていました。それを現代に置き換えて、テレビを見ながら、スマホをいじったりすると、脳が損なわれるらしいです。長い年月では認知症と同等の脳となるらしいす。
 テレビを観賞する脳の場所(聞きそびれました)に比べて、スマホは前頭葉での所作らしいので、直後は脳の働きが損傷を受けているとの事でした。ですから気を付けよとの事でした。
 そして直後の検査の結果では、計算能力が明らかに全員低下していました。特に女性は気を付けよとの事。折角の女性の特異性を得意にするなかれ‥‥ですね。
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熊本地震で

 熊本地震のM7、3はまれに見る揺れでしたね。映し出されたテレビスタジオの揺れ様は前代未聞、とても立って居れない大揺れの様子でした。東日本大震災よりひどかった大揺れでビックリ致しました。
 大分日田市から飛行機で我がアトリエに通って下さる奥さんに電話。「怖かったけど、物等落ちる事は有りませんでした」と先ず一安心させられました。次いで、高校時代の旧友が正に、震源地の下増城郡の住人なので、その災害を知るにつけ、とても偲び難い思いばかりが募りましたが、やっと電話。
 恐る恐る電話して見て、病院経営なので、案内が出て、「で、奥様如何でした?」と訊く。「ああ、お元気ですよ」と明るい声で、一先ず安心しました。電話は通じて、「まあ、珍しい。思いがけない、あの絵を描く人でしょう?」と喜ばれます。

「辺りは凄い事になってる」との返事で、『まあ、そうだろう』と思い、『で、お宅は?』とつい訊きそびれます。然し全然ご自宅についての様子の説明はありません。「大借金をして昨年の11月に施設を建て、私達そこに越して、主人も又働き出し、私はその主人をケアしてる」との返事。つまり引退した御主人(医師)も又活動開始と云う訳でしょう。息子さん達も立派に成人医師なさっていられる筈です。
 
 それはさて措き、(正にさて措きでした)「貴女はさあ、五年前だったか同窓会の時、お腹が悪かったけど、どうした?」と来ました。「はあ、あれ?」と私不意を打たれて、「手術して、もう今は元気よ」と笑いながら答えます。「私あの時、貴女のお腹の悪いのが分かって居たけど、云えないしさ、心配してた」と彼女。

 鹿児島での同窓会の後、指宿温泉に一泊してサービスも加え、たらふく山海の御馳走に満足して東京に帰り、更に誕生日のお祝いもあって、又レストランで夫と楽しんだのでした。その夜私は突然腸閉塞をおこし、緊急入院、手術して、何とか生還叶ったのでした。
 大腸がんの手術の後四度も腸閉塞を起こし、それならばと再手術したのでした。

 まあ、彼女、本人が自覚症状もないのに?、見抜いていたなんて、驚きでしたね。優秀な方でしたがその慧眼にはほとほと敬服。お医者様の奥方として、そうなるものでしょうか?

 所でご自身の地震の被害については一言も無し。テレビで、新耐震法の建築物は今回の地震でもビクともしなかった家屋が紹介されていましたが、昨年の11月完成の施設。ビクともしなかったのかなあーと一人推察している次第です。
 
 
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泡だてコーヒーは長寿の元?

 写真はネスプレッソ・メニューより


私のコーヒー偏好質は今に始まったものではないですが、主人はお酒の方がより好きなので、(私はどっちも好き)飲み過ぎると心配していました。40年前ドイツで具合が悪くなった時、「コーヒーは飲み過ぎると身体に毒でしょう?」なんて聞いていましたね。すると「いや、大いに飲んで欲しい。血の巡りにいい」とドイツ人医師に言われて、それから何も言わなくなりました。
 
 十年前から愛用していたネスプレッソのマシーンが調子が悪くなって居た所へ、会社から「かねてのご愛顧に応えて、マシーンを半額でお分けします」と来て、『しめた!』とばかり申し込み。所が一人用にはでか過ぎる泡だて器が付いていて、之が無きゃもっと安くなったろうにと思った次第です。

それとは別に、或るレストランに入った時、セルフ無料の飲料にカプチーノがあって、よそのお子さんのやり方を見ていて、私も真似たらその激しい蒸気と熱気にビックリ仰天。所がそれが馬鹿に美味しくて、少々あなどっていたのが、認識改め。それからコーヒー店に入ってはカプチーノ、カプチーノ。でも何故か満足しなかったのです。
  
 所が皆さんも視られたと思いますが、NHKの昨年11月の「ためして、ガッテン」での放送でしたが、地中海ギリシャから200キロのイカリア島、長寿の島と云われ、8000人の人口で100人以上が90歳以上だそう。9万人の追跡をしての結果、それが毎日の3杯4杯のコーヒーにあるらしいと云うものでした。
 そしてスタジオでも、インスタントのコーヒーでも美味しくなると云う実験結果を見せてました。ネットで調べた、インスタント粉小さじ2を250ボトルに入れ、水30mlを入れシェイクし、グラスに注いで砂糖小さじ1、牛乳150で軽く混ぜ、飲むと云うもの。「へえー?」と思ってやって見たら、確かに美味しいです。

 でも冷たいのが傷。そこで私は我流でインスタントで美味しければ、粉末コーヒーなら尚よかろうと思いつき、攪拌器でミルクを泡だて膨らまし、熱いコーヒーを入れて飲んで見たら、何とカプチーノじゃありませんか。此処でもビックリ仰天。かねて、ネスカフェマシーンのカプセルの美味さにはとてもかなわないと思っていた、粉末コーヒーが、ミルクを泡立て注いだだけで、ガッテンのしん輔さん同様に「ね、美味しいでしょう!」と叫びたくなる位美味しくなるのですね。
 そこで私は途端に、不要のあのでか物泡立て器にハタと気付き、「こりゃ、カプチーノになるわ」と思い、それからは粉末コーヒー愛用、ミルクを泡立て器で朝からカプチーノ、カプチーノと相成った次第です。長寿を全うするかは、分かりませんが、愛好するカプチーノをたやすく発見して、もう感激の極み。ネスプレッソさんに感謝、感謝です。その代わり、カプセルコーヒーの消費は少々減ってきましたけどね。(笑)
 

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待たれる出版その2  ミラーイメージへの見解も兼ねて


 英語での「ミラーイメージ」とは、『相手の行動は、自分と同じである筈だと思い込む事』と云う意味らしい。
其処で氏の云うには、最近韓国で作られ、国民にえらい人気になっている『鬼郷』と云う映画は、日本軍の慰安婦問題を扱った映画だが、そこで描かれている残虐映像は、ベトナム戦争中に韓国軍が民間人に行った蛮行にそっくり酷似していると云う指摘です。

 これら韓国軍の蛮行は、アメリカでも良く知られており、慰霊碑や壁画となってベトナム各地に残っているそうです。所が韓国では、日本が慰安婦問題に対す強制連行等証拠はないと云っているので、この映画を作った趙延来(チョ・ジョンネ)監督が一体どう云う風に云っているかと思えば、何と出鱈目も出鱈目、妄言としか云えない、「証拠が無いと云うならば、この映画を歴史的証拠にしてやろう」と発言しているそう。正に虚言、云いたい放題の荒唐無稽、詭弁もいいとこです。

 ちなみに日本側の言い分ではなく、公正を期す足がかりとしては大いに期待出来ますが、、氏が米国立国会図書館から取り寄せた、米軍報告書によると、当時慰安婦達は「高級取りだった」「街へ買い物に行ったり、遊びに行ったりしていた」と云う証言もあるに関わらず、韓国では執拗に日本軍の虐待の妄想を駆り立てて止まない現状であり、日本人も周知の通りです。従って我々は今こそ日本人と日本国の名誉の為に、此処をしかと認識して欲しいと思います。 

 この処、韓国人の発想自体がとんでも無い性状を露呈している訳ですが、こうした発言を許し、誰も咎めない、訂正もしない、民衆も手を叩いて迎合、これを大統領も止めないで黙認。そんな国なんて我々日本では考えられない暴挙です。まさか未だ未開の国でもあるまいに、何処で間違ったのか。彼等は大声で叫び、大勢で主張するのを得意とする民族と云われている様です。
 
 マラーノ氏も、「証拠が無ければ作ると云う考えがまかり通る様な国とは、(慰安婦問題も所詮)折り合いをつける事は難しい気がする」と締めくくっています。

 そこで亡父の日誌ですが、これが又余りに純粋日本魂の権化、東洋平和への理想の験設、中国和平への愛を基礎とした建設、福祉、経済是征、食料配布等、正に熱心に健闘している様子が正直に表してあります。
これを以って、戦中の日本人の懸命な姿が少しでも伝わればと、又戦後の自虐的な日本人の胸中にささやかながら一石を投じる事が出来ればと願う私の趣旨でもあり、念願でもあります。皆様の応援をよろしくお願い致します。、 

  
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